2019年01月24日

『劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」 U.lost butterfly』を見てきた話

先週のことになりますが、『劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」 U.lost butterfly』を見てきました。

20180116fatesnhf2.jpg

元々、Fate/stay nightはPC用に発売された18禁サウンドノベルだったわけですが、いわゆる18禁サウンドノベルの割には主人公以外の男性キャラが元気だった(キャラが立っていた)ことが印象的でした。また、これを元にした虚淵玄さんの「Fate/Zero」では、「18禁という足かせが外れると、こんなにもイキイキしたストーリーになるのか」と感嘆したものでした。英霊同士が酒を酌み交わしながら王の道とは何かを語り合うシーンとか、イスカンダルの最後のシーンとか。

そもそも、設定背景のポテンシャルが非常に高いこともFateシリーズの特徴の一つであり、Fate/ZeroやFGOなどの作品群にも見られるように、シナリオライターの想像力次第でいくらでもストーリーを拡張可能だったりもします。
(Fate/stay night自身も、その前の「月姫」や、その後の「魔法使いの夜」、奈須きのこ氏の小説「空の境界」と同一の世界観を共有していて、Fateシリーズだけで閉じない奥深い世界観を持った作品とも言えますね)

で、今回は、原作に沿ったHeaven's Feelの映画化。

やっぱり、Heaven's Feelのこのストーリーについては、15年前に一度体験しているはずなのだが、完全に忘れてしまっておりました。
ちなみに、この第二章近辺で覚えている薄らとした記憶は、次のようなもの。

(以降、ある程度のネタバレを含みます)

  • アーチャーが凛に「遠坂」と呼びかけるシーン。
  • を贈呈。
  • 桜が凛と、支離滅裂な会話をする。(第三章相当)
  • ライダーの真のマスターの正体と、ライダーの正体、真名。

そういえば、原作ゲームだと腕贈呈する際に、腕の主が「(普通はこんなことはできないが)コイツは特例だ」という説明をしていたような気がしました。今回、映画の中ではそのセリフが無かったような気がしましたが、もしかしたら僕の記憶が捏造されたものか、あるいは映画では省略されたのか。
まぁ、UBWを観ていれば、特例なのは分かるわけだし。

そういえば、「ライダーの正体」については、Heaven's Feelの中盤まできてようやく明かされる、ということが、原作をプレイしていて非常に印象に残った点でした。
原作未プレイでアニメだけ観ているという人は、十年以上の時を経てようやく知ることになったわけです。
なんかアツい。

とはいえ、映画の中では真名は明示はされなかったですね。
まぁ、ギリシャ神話を多少知っていて、目を解放した途端に見た相手が石化し始めたなら、明示されていなくても真名は分かろうってものか。
それくらい分かってくれよというのが、映画製作スタッフの思いでしょうかね。

逆に、原作プレイ時には印象に残らなかったものの、今回の映画で改めて強く印象づけられた点もありました。

バーサーカーが死んでも蘇りながら(6回は蘇れるんだっけ?)、必死に戦うシーン。イリヤとバーサーカーの信頼関係の強さ。
イリヤとバーサーカーの信頼度の強さについても、原作ではどこまで描かれていたか、ちょっと忘れてしまった。このあたりは、Fate/hollow ataraxiaできっちり描かれていたんだったか、Fate/Zeroで描かれていたんだったか。

それと、衛宮切嗣とイリヤの関係についても、原作プレイ時にはあまり印象に残らなかったような気がします。このあたりは、Fate/Zeroで記憶が強化された感覚がある。
前回の聖杯戦争後、切嗣はイリヤと会おうと何度もロシアへ行ったが、魔術の力で門前払いを食らっていた。でもイリヤはそれを知らないので、切嗣に裏切られたと思っていた。
もしかしたら本当に原作ではあまり描かれていなくて、Fate/Zeroで関係性が描かれたから、映画でも取り上げたのかもしれないですね。ちゃんと再勉強したい。

今回の映画で特に再認識させられた点としては、一章もそうでしたけど、間桐慎二の心の動きですね。
実は、原作プレイ時も、Fate/hollow ataraxiaプレイ時も、間桐慎二がどういう思考をしているのか、よくわかっていませんでした。

特に、セイバールートでも、Heaven's Feelでも、最ッッッ低な描かれ方をしていましたから、僕の目にはただの悪役にしか映っていなかったのかもしれない。
Fate/hollow ataraxiaでは、衛宮士郎と間桐慎二はかつての友人同士に戻れた感じでしたが、それでも、桜へやってしまったことは取り消せるわけではないので、どこか、突き放した見方をしてしまっていたのかもしれません。

映画では、桜と士郎との出会いを明確に描いたこともあり、慎二と士郎の関係も併せて明確に描かれたわけですが、それによって『慎二の士郎に対する期待とそれに気付かない士郎の歪み』が表現されるようになり、また、声優の神谷浩史さんの絶妙な演技力も相まって、慎二の人間性が非常に理解しやすくなっていました。

ところで今回はR指定のレベルが高そうだし、来年春の第三作公開直前のテレビ放送は行われなそうかな。仮にテレビ放送されるにしても、0時以降の深夜帯になるんだろうかなぁ。


続きを読む
posted by ayacy at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画