2019年11月03日

にわかとビギナーという話を聞いて、小学校の時の先生の話を思い出した

ラグビーワールドカップも終わりまして、日本ではその盛り上がりから、「にわか」ファンが増えて喜ばしい(「にわか」ファンが増えれば、その下支えにより、本当のファンの人数も増えるはずだから)という話題になっていました。

ただ、ラジオ番組で伊集院光さんが「にわか」という言葉ではなく「ビギナー」という言葉を使うべき、ということをおっしゃっていました。
「にわか」には悪い印象のイメージがあって、どちらかというと「にわか」ファンと呼ぶのはよくない印象を抱かせてしまうため。

それを聞いて、ふと、小学校4年の時の担任の先生が「あだ名とニックネーム」という話をしていたのを思い出しました。
当時、自分を含めてクラスメイトのほとんどは、「あだ名」と「ニックネーム」は同じだという認識でしたが、その先生が言うには、「あだ名」というのは、本人が嫌がるもの/悪いものであり、「ニックネーム」は本人が好ましく思うもの/良いものであるということ。なので、みなさんは、友達に対しては、「あだ名」ではなく「ニックネーム」をつけてあげるようにしましょう、ということでした。

この言葉は長く自分の心に刻み込まれていましたが、しかしながら一般的には「あだ名」と「ニックネーム」は同一のものとして扱われている様子も多く観てきました。っていうか、普通は同じに扱うかと思います。なので、この話は、先生が「好ましくない呼び名で呼ばれている児童を、準いじめ状態から解放する」ための過程、プロセスみたいなものだったのかな、と思うようになっています。

で、改めて「あだ名」(愛称)を調べてみると、「あだな」を「渾名・綽名」と書いた場合は、特に、良いとか悪いとかいう付加的な意味はありません。これは、ニックネームと同じ。
それに対し、「あだな」を「仇名・徒名」と書いた場合は、悪評、事実無根の評判、男女関係についての噂を意味するということで、悪い付加的意味が加わるようです。

というわけで、あの時のエピソードは、「仇名・徒名」ではなく「渾名・綽名」を友達につけてあげましょう、というふうに読み替えて解釈することにしたいと思います。


posted by ayacy at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記