2019年11月16日

もうちょっとアラジン(実写版)について深堀り。アニメ版ジャファーの宝田明さんは偉大だ

10月中旬に、アラジン(実写版)の日本語吹き替え版についての話を書きました。当時は、ネタバレを防いだ方がいいかなという思いから、あまり細かいことは書かなかったのですが、そろそろ書いても良いかなと思いましたので、いろいろ書こうかと思います。

山寺宏一さんのジーニーに対する賛美は、上の記事で書いたので、そこは今回は省略で。
吹き替え声優さんについては、もう一つ書きたいことがありました。

アニメ版のジャファー(大臣)の吹き替えを担当した、宝田明さんもまた、偉大だったんだな、と再認識しました。
というのも、実写版のジャファーは、軽い。

字幕版を観たときに書いた通り、実写版ジャファーは見た目が軽いんですけど、声も軽い。
(主人公アラジンと同じく「コソドロだった」という属性が付与されたので、見た目にある程度の軽さを要求されるのは仕方がないのだが…)
原語版でも軽いし、吹き替え版でも軽い。
それを考えると、アニメ版で吹き替えを担当された宝田明さんの、重厚な声が、どれほど作品に貢献していたかを再認識しました。

あとは、「ジーニーの物語」としての視点がだいぶ強化された感じですね。
アニメ版でも、ジーニーの物語としての視点はありましたけど、今回はもうちょっと強化されていました。
侍女さんとの恋バナのあたり。ここで、ジーニーの「人間性」が深く描かれたところで、物語終盤で惜しい寄せる感動が一気に高まる仕掛けになってるんですね。非常によくできてる。

それと、王女ジャスミンの存在感について。
アニメ版のジャスミンは、ディズニープリンセスとしては異例の「主人公ではないプリンセス」でした。
主人公アラジンにとっての「トロフィー」としての扱われ方がメインだし、アニメ版のその後を描く2作品(ジャファーの逆襲/盗賊王の伝説)でも、ほとんど存在感がないに等しい。ディスニープリンセスなのに。

本作では、(昨今の女性優越な作品描写が多くなってきている影響もあってか?)ジャスミンの「我」が強いです。
主人公はアラジンであって、王女ジャスミンを手に入れたい感情は大きいですが、同じくらい、ジャスミンがアラジンを「勝ち取りたい」意思も強い。

主人公アラジンにとって、ジャスミンはトロフィーかもしれませんが、逆にジャスミンにとってもアラジンはトロフィーになります。最後には勝ち取りに行くわけだし。
そこへ向けて、ジャスミンは父親に、次期国王としての覚悟と述べるシーンがあったり、部下に信念を持てと諭すシーンがあったりするなど、勇気をもって困難に立ち向かうシーンがあったりします。

それが、物語の一番最後の王(サルタン)のセリフにつながります。


お前はアグラバーの未来なのだ。いいな、次の国王はお前だ。国王はな、法律を変えることができる。いい若者じゃないか。

"You are the future of Agrabah. You shall be the next sultan. And as sultan, you may change the law. He is a good man."


同じ「王は法律を変えられる」にしても、アニメ版ではジャスミンの父親が国王として法律を変えるのに対し、実写版ではジャスミン自身が国王として法律を変えるわけなので、だいぶ意味は違う。結果は同じなのに。

ちなみに、アニメ版の方では、ダイレクトにこう言っていました。


うーむ、そうじゃ。君は王子として十分にふさわしい男じゃよ。いかんのは、あの法律だな。いやいや、このわしは国王じゃ。『本日これより、王女は自分が認めた相手と結婚してよいこととする』」

"That's right. You've certainly proven your worth as far as I'm concerned. It's that law that's the problem. -Well, am I sultan or am I sultan? From this day forth, the princess shall marry whoever she deems worthy."


ただ、ジャスミンが強くなってしまったせいか、ジャスミンの虎(ラジャー)の存在感がだいぶ薄くなった気がします。

posted by ayacy at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画