2018年09月10日

出身高校の文化祭に行ってきました

この土日で、出身高校の文化祭が開かれており、長男を連れて訪問してきました。
まぁ、3歳の長男を連れてあちこちを回るのは非常にキツイので、あんまりたくさんは回れなかったんですけどね。

僕が高校を卒業したのが1998年3月ですので、もう卒業してから20年も経つことになります。
人生の半分よりも前に高校生活が位置しているというのは、なんとも、不思議な感覚です。

とりあえず第一の目的は、自分の所属していた部活動の子達が、今でも活動を続けているかどうか、微笑ましく見たいということ。
「私は23期前の大先輩だ」などと名乗り上げたりせず、ただ、行って観るだけです。そして買うだけ。

inaho2018a.jpeginaho2018b.jpeg

一年の活動の成果物として、ゲーム等を製作して発表する文化がありました。
それは1995年〜1997年当時(12期〜14期)も同様です。
ただ、当時の主流のOSは、MS-DOSかWindows 95でしたし、主流のメディアはフロッピーディスクでした。
なので当時は、MS-DOS上でゲームを開発し、フロッピーディスクに入れて頒布していました。
ちなみに当時の綴りは「INADISK」だったんですね。

たしか、2000年頃にCD-ROMへ移行したんだったと思います。
その頃から「INADISC」に変わりました。

最後の「K」が「C」に変わったタイミングがそこにあったわけですね。
まぁ、老害みたいに当時を振り返るのはここら辺くらいにしておきます。


内容を論じようとか評価しようとかいうこともしません。
それやったら、本当に老害になっちゃいますから。

今の部屋にはエアコンが聞いているためか、入り口のドアが閉められていて、中で活動が行われているのかどうか、ちょっと心配になりました。が、ちゃんと活動されていて、安心しました。できればそこらへんのアピールが欲しかったかなぁとも思います。

RPGツクール的なものを使った作品が多い傾向でしょうか。
音楽もあって、ツールもあって、ゲームもあって、良いんじゃないかと思います。
ちなみに1997年ごろは、MIDIを使ってゲームを作っていたんですけど……今の学生さんはMIDIなんて知りませんよね(苦笑

1997年頃には、まだ世の中にパソコンがそれほど広まっておらず「パソコン部の活動」(当時は「パソコン数学部」でしたけど)は、一定の特別感があったと思います。

その後、Windowsの爆発的な普及で、パソコンが一般家庭に広まったことで、パソコンが使えることの「一定の特別感」は消失したと思います。結局「パソコンで活動する」とは言っても、一般家庭の一般人のそれと何か違うことをするのか、特別感を感じるのは難しい時代がありました。

現在はスマホやタブレットが普及し、一般家庭でパソコンを利用される機会は激減したと思います。そのため、パソコンが使えることの「一定の特別感」が復活したのではないかと思います。
再び、彼らにとって良い時代になってくれていることを願います。


posted by ayacy at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | PC
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184373870
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック