2019年08月04日

ドラゴンクエスト ユア・ストーリーを初日に観てきた話(途中からネタバレへ)

8月2日(金)公開初日のレイトショーで、映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」を観てきました。
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だいぶ昔のことになりますが、2001年に当時のスクウェアが公開した映画「ファイナルファンタジー」が大失敗だったことが、今でも心に残っています。そんなこともあって、原作ゲームが人気だからと、それを基にした映画が面白いとは限らないだろう、と一歩引いた視線で見ておりました。

とはいえ、ドラゴンクエストを基にした「ダイの大冒険」とか、アベルのあれとか、派生したマンガ・アニメ作品は面白いですし、小説版もかなり人気があるとのこと。

この「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」がどうなるのか、心配になりながらも、ワクワクを抑えきれず観に行ってきました。

公開初日に観に行ったということもあり、事前に得ていた情報は、かなり少なかったです。

  • 「ドラゴンクエストX 天空の花嫁」をベースにしているっぽい
  • 主人公の名前は「リュカ」らしい
  • CMから想像すると、きっとビアンカと結婚するのだろう
  • 公開前日までの関係者のツイートによると、なにか、とんでもない結末が待っているらしい
  • 声優の起用方針で地雷の予感

その程度でした。
で、観てきた結果。


音楽はとても素晴らしいですね。
すぎやまこういちさんの音楽を久々に聴くと、なんだか涙が出てきます。


以下、ネタバレありで。









音楽以外は…どうかというと、まぁ、物語の序盤・中盤あたりは、よいと思います。
「よい」「とてもよい」のどちらなのか?と聞かれれば「とてもよい」と答えたかと思います。
心配されていた声優さんの起用結果についても、問題はなかったと思っています。

子供時代はザックリ省略されます。
リュカとビアンカが、ベビーパンサーにどんな名前を付けたかは、劇場でご確認ください。

本来であれば、プレイ時間が数十時間にも及ぶドラゴンクエストXを2時間の映像作品にしようというのだから、大幅に省略となることは、致し方ありません。

青年期になっても相変わらず高飛車なヘンリー王子。
ヘンリー王子の国の王様はご存命な様子。
サンタローズは焼かれていません。
サンチョとすぐ再会する。
キラーパンサーとの再会に、ビアンカのリボンは不要でした。

様々な改変はありますが、2時間でまとめなければならない事情を考慮すれば改悪と呼べるほどのものではなく、必要悪といったところでしょう。むしろ、脚本家・監督の腕の見せ所とも言えます。

ブオーンに忠誠を誓わせたあたりは、「おお、そう来るか」と、感心すらしました。
主人公の「魔物使い」の能力を持って、ボスクラスのモンスターを従わせるというのは、ゲームではできない、映画ならではの展開かと思います。
このあたりでは、主人公はやたらと弱腰なことも多いですし、結婚に向かう流れもいろいろと違いはありますが、このあたりも、良かったかと思います。ああ、この映画、観に来てよかった、と思ったものでした。


ところがその後から、大きな「改悪」が訪れました。
「武士の情け」とかいうセリフが登場するけど、この世界に武士はいるのか?レベルの没入感を削がれるセリフ。
あと、「クエスト」発言もあった。
まぁ、その程度の問題なら、まだマシだった。

リュカとビアンカの間に、子供が一人しか産まれません。
これを受けてか、スタッフロールが終わった後に、後ろの席の女性が「タバサがいない〜」(※)とショックで泣いていました。
(その後にもっと酷い改悪があったはずなのですが、それが目に入っていないくらいショックだったようです)
(※補足:タバサは、主人公の子供のうち、女の子の方のデフォルトの名前です)

でまぁ、改悪というか、首をかしげたくなるような演出が続きます。
プサン(マスタードラゴン)は「今回は」のようなメタなセリフを言い始めます。
妖精と会うための試練にロボットが登場することについて、主人公が「合わない」などと言い出します。

実は、子供時代の大幅省略についても「今回は」についても「合わない」についても、後に出てくる大どんでん返しの伏線であり、それにより「説明される」ような構造になるわけですが…。

物語は終盤。
マスタードラゴンや、天空の勇者である息子とともに主人公たちが敵の居場所に乗り込み、妻ビアンカと再会し、母マーサともわずかな間の再会をしたものの、敵の大群に囲まれてピンチに陥ります。

そこへ、形勢逆転の援軍が!
おお、これが当初聞いていた「とんでもない結末」なのか?
これなら、いいじゃん。すげぇいいじゃん。エモい。ああ、この映画、観に来てよかったぁ。

・・・と、その時点までは思っておりました。
まさか、その数分後に、観客席がお葬式会場みたいになっちゃうなんて、思いもよらず…。

最後のボス、ミルドラースが出てくる…かと思いきや、僕の知っている見た目とはだいぶ違います。
時間が止まり、主人公以外が動かなくなり、…主人公以外はモブキャラか…モブキャラが一切動かなくなり、色が消え、そして、メタ発言連発状態になります。

この映画は、最新技術を利用したのVRゲーム。その中でドラゴンクエストXのリメイク版をプレイしているという設定。
そこへ外部から、ラスボスに擬態したウイルスが侵入していたという。
んでもって、ゲームなんかやめて大人になれ、とか言い始める。
しかし、初めから仲間になっていたスラリンが、実はアンチウイルスプログラムで、そのウイルスを撃退する。

は?なんだそれ?
たぶん、多くの人は、そう思うでしょう。

この手法で物語を紡ぐのは、「禁じ手」じゃないですかね?

僕の解釈では、おそらく、こうです。
原作者の堀井さんは、ドラゴンクエストが、プレイヤーの1人称視点での物語であることに強いこだわりを持っていると聞いたことがあります。
その影響を受けたのか、あるいはそういう話を聞いたからなのか、脚本家・監督は、「プレイヤー」の存在を間に挟むことにしたのでしょう。
プレイヤーは、ゲームをプレイしたい動機があって、ある程度「じこあんじ」をかけてプレイを開始し、プレイを開始する時点があって、そうなれば、エンディングを迎えればプレイを終了する時点があって、現実に戻ります。ゲームが終わったら現実世界に帰る。

Your Storyの「Your」が「プレイヤーの」ということを指すならば、間にはゲームをプレイする人間が挟まるわけだし、ゲームを終えたら現実世界に戻る必要がある。それを描きたかったんじゃないかな?と。

(後から聞いた話では、この映画の監督さんはドラクエをプレイしたことがないため、ドラクエへの思い入れは皆無らしいですね)

このやり方は「禁じ手」でしょう。ただ、使いどころがよくて、大勢の観客の賛同が得られるならば「禁じ手」を使うのもアリなのでしょう。

ただ、味方の援軍が思いもよらぬ形で駆け付け、いよいよラスボスが登場するという、物語が絶好調なときに、このやり方で、物語の進行と観客の高ぶった心理状態に水を差すというのは、大勢の観客の賛同は得られないのではないか?と思います。

こんな感じで、メタな世界観を持ち出して物語の最期をぶち壊す作品は、これまでもいくつかありました。
僕はこの流れを観て、「ブレイブリーデフォルト」の終盤を思い出した。あれは、ちょっとがっかりしたパターン。
それと「ひぐらしのなく頃に」も思い出しました。こちらはエモかったパターン。
アンダーテールもちょっと思い出したかな。こちらもよかったかと思います。

この映画「ドラゴノクエスト ユア・ストーリー」ではどうか?
僕は、上で書いたような解釈を、自分の中で生成することができたので、なんとか受け入れることができました
まぁ、そういう世界観も、アリかと思います。

しかし、僕が観に行った回の、劇場の観客の皆さんや、帰宅後〜翌日にTwitter上で見かけた皆さんの反応を見る限りでは、最悪の反応でした。ああ、こりゃ、やっちまったパターンですね。

あれに似ています。
ハリウッド版のドラゴンボール エボリューション。
「ドラゴンボール」というすばらしい題材を映画化できるという好機に恵まれたのに、何であんな悪逆非道なエッセンスを加えちゃうかね?
普通に、みんなが受け入れられる、普通のドラゴンボールって、作れないものですかね?

今回も同じ。
「ドラゴンクエストX」という、素晴らしい題材を映画化する好機に恵まれ、途中までは結構いい感じで進んでいたので、何であんな改悪しちゃうかね?みんなを地獄に突き落とすかね。普通に、みんなが受け入れられる、普通のドラゴンクエストって、作れないものですかね?

劇場から出るときに後ろの人がしゃべっていた感想で気になったものがありました。
これは、「劇場版シティーハンター <新宿プライベート・アイズ>」の逆パターンだ、と。
シティーハンターの最近の映画では、観客が見たいものを、そのまま作品として世に送り出し、大成功したパターンでした。
(よく、「ラーメン屋に行ってラーメン注文したら、ラーメンが出てきた」という言葉に集約して表される。最高の誉め言葉)

この映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」は、観客が見たいものと(最終的には)真逆な作品として世に送り出し、大失敗するパターンになるんじゃないか?
(ラーメン屋に行って、ラーメン注文したら、落とし穴に落とされたみたいな感じでしょうかね。ババロアでもいいからとりあえず食わせろ。「実写版デビルマン」という例えが流行っているのですが、こちらは観ていないのでよくわからないのです…これから勉強します)

ゲームを原作にしたから映像作品化に失敗、というものではないでしょう。
最初に書いた通り、独自のエッセンスを加えて、ダイの大冒険とか、アベルのアレとか、小説版とかは、普通に人気が高いですし。

単に、本作の作り方がまずかったというだけのことでしょう。

本作の作り方のまずさと言えば、リュカという名前を小説版から無断で使用されて提訴という件もありました。少なくとも、一声かけておくくらい、するもんじゃないのか?作り方の手順としても、いろいろまずい。

TLには、主人公の名前がリュカであることから、小説版のファンが非常に楽しみにしていたのに、この流れはガッカリということを言っている方もおられました。大変気の毒です。

そういえば、スクウェア・エニックスはハイスコアガールで、SNKの許可を取らずにSNKのキャラを登場させていたという事件があったのを思い出します。今回の映画に、スクウェア・エニックスがどれだけ関与しているかは分かりませんが、著作物を作る仕事をしているんだから、別の著作物を尊重することに、もうちょっと気を効かせてもいいんじゃないかと思いますけどね。どうなんでしょうかね。



ああ、そうだ。例えば。
勇者ヨシヒコを、普通に、普通に映画化してくれませんかね。

posted by ayacy at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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