2019年07月22日

京都の事件から、心が不安定。あんまり触れないようにしてる。その分、今日は一気に吐き出す

今日は扁桃腺だか耳下腺だかが腫れて痛んで、大事をとってお休みをいただいておりました。
そんなわけで、家の中で悶々としておりました。

ここのところ、芸能プロダクションに関する業界激震の話が流れたり、参議院議員選挙があったり、隣国との軋轢があったり、大きな話が多くて、心が忙しく動きまわっています。
特に、京都アニメーションの放火殺人事件については、心を大きく突き落とされました。
まだそうは呼ばれていませんが、もしテロとするならば、戦後最大の悲惨なテロ事件ということになるかもしれません。

2003年頃に、ライトノベルでは読んだことのあった「涼宮ハルヒの憂鬱」がアニメ化したころは、あまり「京都アニメーション」の名前は意識していませんでした。
その後、「らき☆すた」の頃には、なんとなく認知していたと思います。
たしか、「らき☆すた」の中で、埼玉県の大宮駅周辺の様子が映っているシーンがあって、京都の会社なのに、埼玉県の大宮駅周辺の様子(しかも過去)をよく調べているなぁと感心した記憶があります。
その後、鷲宮神社にも行きました。

あの当時は、神聖視すらしていたような気がします。
ただ、「涼宮ハルヒの憂鬱」の第二期(?)でエンドレスエイト騒動をやらかしたあたりで、ふと我に返って、…というか、「京都アニメーションとは、相当大規模な失策をやらかすところなんだな」という認識になったりはしましたが、その後の「けいおん!」とか「中二病でも恋がしたい!」あたりは、だいぶ楽しく見させてもらっていました。

他にも名前を認知しているアニメ制作会社はいくつか(シャフトとかufotableとか)ありますが、自分が名前を認知している制作会社が…というか、これは普通に、アニメ云々関係なく、企業を狙った凶悪なテロ事件で、人命も文化も一気に喪失させられる様を見させられるのは、非常に心に堪えるものがありました。
なので、Twitterにしてもニュース報道にしてもこの話題にはあまり見ないように、呟かないように、リツイートしないようにしてきました。そうしないと、心の安定が図れない。
でも今日は、その分を一気に吐き出します。そしてまた、本件については黙ります

耳をふさいでいても、情報は入ってきてしまうものです。
報道が進むにつれ、どういった形で凶悪なテロ行為(?)が行われたのかが解明されておりますが、例えば、これが自分の今の勤務地で起きたとしたら…とか考えると、非常に恐怖を覚えます。
というか、2020年は東京オリンピックが開かれるわけで、東京に勤務する自分が何らかのテロ行為に巻き込まれる可能性は通常時よりも高いわけで、より一層恐怖を覚えます。

身近…で連想するものとしては、……思い出してみると、2005年頃に深夜残業をしていて、何人かの仲間と夕食を食べるためにビルの外へ出て、帰ってきたとき、ビルの入り口で警察官が通せんぼしていたことがありました。事情を聞いたところ、「このビルから、女が刃物を持って暴れているという通報があった」とのこと。それで何十分か待たされました。

結局、誤報…というか、誰が通報したのかもわからないという結果でした。
おそらく、深夜残業に疲弊した誰かが、偽の通報をしたということなのだと思いますが、本当に女が刃物を持って暴れていたにせよ、深夜残業疲弊者の暴走にせよ、これがきっかけで大惨事が起きたかもしれないと考えると、恐ろしいことです。

次に、2013年ごろに発生したネットストーカー事件
当時、ゲーム制作サークルの方で作成しコミケ等で頒布したゲームについて、勝手に続編の企画を作ったので130万円くれ、という連絡が来たところから始まり、「自分は任天堂に所属して任天堂の意思で動いている」と言ってきたり、あるいはすでに当サークルのメンバーになっているからと、他のサークルへ身分を詐称してメールを送ったり、あるいはこのドメインのメールアドレスを発行しろと言ってきたりと、めちゃくちゃなことをしてきた人がおりました。そのうち、あなたの国を訪れるだの、顔写真を送り付けるだの、軍隊を動かすだの言いだしたりとかして、身の危険を感じ始めました。

そのうち、サークルに関することだけでなく、サークルに所属するメンバー(私など)に個別にコンタクトを取ろうとし始め、INASOFTで公開しているフリーソフトの自国語版を翻訳して出したいと言ってきたり、INASOFTのドメインのメールアドレスを発行しろと言ってきたり。
確か、「自分のことをブログに書いたな」みたいな難癖を付けてきたこともありました。当時はまだ、そのことは公表しておらず、ブログはおろかどこにもその話は載せていなかったので、完全に妄想の世界と現実の世界の区別がつかなくなっていたように思えます。
そのうち、妄想と現実の区別のつかなさが暴走した結果なのか何なのか分かりませんが、メールのCCに任天堂のリクルート?かなにかのアドレスを入れ始めた途端に、その人からのメールがピタリと止みました。
おそらく、自国内で何らかの措置が行われたのでしょうか。
それから6年間、何も問題は起きていないので、おそらく身の危険は去ったのだと思いますが、もしあの件がエスカレートしていたら、何が起きていたのか想像するのも怖いです。

たしか、以前に聞いた話で、同人漫画を描いている人の家に押し掛け、勝手にアシスタントになりたいと家の中に入ろうとする人がいたので警察を呼んで追い返したら、後日母親が来て、同じように「うちの子が手伝おうとしているのになぜ追い払うのか」と抗議してきてもうウンザリ、みたいな話を聞いたことがありました。
(昔は…というか今もかもしれませんが、同人誌の後ろには「奥付」を書くのが習わしになっていて、作者の住所が晒されてしまっていることがありました)

プロの世界でも、アニメスタジオに勝手に企画を郵送したあと「もうここの一員だから」と勝手に上がり込み、落書きをしている人を追い出すのに苦労して、みたいな話も聞いたことがあります。

そんな感じで、妄想力のたくましい人がテロリスト化して、殴りこんでくることは、ありそうな話です。
単に妄想力がたくましい状態から、一方的に妄想上の恨みを募らせて凶行に及ぶケースまであります。

そう考えると、そんなに身近で起きやすいことだと仮定すると、もしかしたら自分自身だって、テロリスト側に陥る危険性もあるかもしれない。誰かを危険にさせてしまうこともあるのかもしれない。考えたくないけど。
例えば7年前、連続誤検知事件が一向に解決せず、しかも心無いユーザーからはクレームが多く寄せられていたころは、日々対処に追われるし、夜は眠れないしで、大変心が不安定になっていたころもありました。

あの件のときは、適切なアンガーマネジメントができていなくて、私が怒り出すタイミングを逃してしまい、セキュリティベンダー側を「正しく焦らせる」ことができなかったため、解決まで1年半以上の歳月を要することになってしまいました。

でももし、仮に、私のアンガーマネジメントが逆側に失敗していた場合はどうなるか?
つまり、私の怒りがあっという間に頂点に達し、「正義の名」の下に、「正義の鉄槌」を下すべく、トレンドマイクロ天誅!ウイルスバスター天誅!とばかりに、新宿マインズタワーの1Fに侵入してガソリンを撒いて火をつける…なんてことが起きたりなど。
本人の頭の中では、あくまで正義。悪魔の正義。
マインズタワーには無関係の会社の人たちだって多くいることでしょう。
恐ろしい。


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posted by ayacy at 19:00 | 日記

2019年07月14日

「任意の」という言葉の使い方に戸惑う

1〜2か月くらい前、ツイッター上で急激に「任意の」という言葉の仕様が増えたような気がしました。

僕は数学科出身なのですが、数学の文脈では「任意の」という言葉はけっこう頻繁に登場します。
ε-δ (イプシロン-デルタ)論法とか。
「任意のεについて、何らかの値δが存在し、…」みたいな感じで論じることで、極限の世界を正確に表現して…というか、多くの人と考えを正しく共有して、数学を論じることができるという、便利な道具です。

記号で書く時には、全称記号(∀)を使います。
ちょうど僕が大学で数学科に属していたころは、2ちゃんねるでアスキーアートが流行っており、この記号「∀」は、文字で顔を表す際の一部としてよく登場していたと記憶しています。

というわけなので、数学的な正確さのために使う「任意の」という言葉には慣れ親しんでいるのですが、それ以外の世界で使われる「任意の」は、どうとらえたらよいかよくわかりません。

あ、いちおう、応用数学であるところのプログラミングで使われる「任意の」は、いちおうわかります。
それから、デスクトップキャラクターの世界で一時期「任意」と呼ばれるキャラクターがいましたけど、それもまぁ、なんとか。

テクニカルな法律作成や法律解釈のためにも、使うことができるのかもしれません。これについては専門ではないのでよくわかりません。

それ以外の分野、例えば、ツイートの文面で「任意の彼女」とか「任意の彼氏」とかいう表現が、何の修飾語もなく、あるいは何の制限もなく登場したり、あるいは「任意の金額」とか言ってみたりしたとき、よくわからなくなってしまいます。

数学で「任意の」を使うときも、∀ε<0 (0未満の任意のε)としたり、∀ε∈R(実数の中の任意のε)とするなど、何かしら制限というか、それがとりうる値域とか含まれる集合くらいは示すものですからね。

・・・とそんなことを思っていたら、ツイッター上で「任意の」という言葉を見る機会が減ってきました。
移ろいゆく言葉のうちの一つだったのかもしれません。


posted by ayacy at 00:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年07月13日

最近、政治家がよく口にする「家計」のアクセントが、どうも聞きなれなくて

参議院議員選挙が近いこともあって、各党の意見表明を多く聞く時期になりました。
で、各党が、今回は「家計(かけい)を重視します」というような趣旨のことを言っているのですが、その発音が、どうも聞きなれない感じでして。

僕が慣れ親しんだ発音では「かけい」という感じで、後ろにアクセントを置くと思っていたのですが、
最近の各党の代表者の言葉の中では「けい」という感じで、前にアクセントを置くみたいです。

似たようなアクセントの変化はけっこうあって、「画面」を「がめん」と発音するのか「めん」と発音するのか?とか
「モデル」を「モデル」と発音するのか「デル」と発音するのか?とか、
「クラブ」を「クラブ」と発音するのか「ラブ」と発音するのか?とか。

多分そんな感じで、変化していくアクセントなのだろうと思います。

一説によると、発音時のエネルギー消費を抑えるために、発音はなるべく平坦になるような方向に変化すると聞いたことがあります。
上で言うと、後半にアクセントを置くような話し方が、平坦な発音になります。
デル」というより「モデル」という方が、エネルギー消費が少ないってことになりそうですね。

エネルギー消費が少ない話言葉が、より「若者言葉」とみなされる傾向もありそうです。

そういう意味では、「けい」と発音するよりも「かけい」と発音した方が、エネルギー消費が少なくなりそう/若者向けになものですが、どんなもんでしょう。

今回の場合は、参院選に向けた意見表明の場で使われているので、エネルギーをかけた言い方の方が好まれるという判断なのでしょうか。

posted by ayacy at 01:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記