2019年04月30日

平成31年5月1日とかいうレシートを見付けて喜々として写真撮ってアップすると危険

たしか、国からの呼びかけでは、平成のままの表記であっても、書類の提出は受け付けるよう、言われていたかと思います。

そもそも、改元の1ヶ月前の発表で、マイクロソフトのパッチの発表も遅れ、Windowsのバージョンごとに対応度が異なる中、その上で動作するアプリケーションの実行条件を決めるためのバージョン情報の判定条件とかが複雑になりそうな中で、どこまでがんばれるか、って話で。

おそらく、世の中の多くの人は、西暦化をすることも令和化することもできないのなら、しばらくは平成表記のままで表示されたり印字されたりしても、良いでしょうと言ってくれると思うんですけどね。

ほんの一部の人だけが、鬼の首を取ったように、目くじらを立てて、親の敵だと言わんばかりにバグだバグだと騒ぎ立てるだけ。

ただ、そんなほんの一部の人の声が大きすぎるので、奇妙な忖度が働き、5月1日までに令和対応を完了しなければならないという強迫観念が世の中に蔓延してしまう。今の日本って、こういう奇妙な忖度が働くことが多いようですから、改元みたいなイベントは、今の日本人にはそぐわないんじゃないのか?とも思ったりしますね。

こんな、奇妙な忖度が発生してしまう土壌にならないためには、多くの人の努力が必要でしょう。
お店のレシートや、銀行のATMから、「平成31年5月」のような文字が出てきても、喜々として写真撮ってアップするとかやっちゃダメです。

そこから、謎の奇妙な忖度が発生し、多くの人が生きづらい世の中が生成されてしまいますので。
寛容であれというのは、言うのは簡単ですが、実施するのは難しそうです。


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2019年04月23日

「全くその通りですね」という言葉が普通に使われるようになって来た気がする

先日、夜にマジメなラジオを聞いていたら、ゲストに出てきた学者の先生が「全くその通りですね」ということを言っていました。
別の日に、別のゲストの方(けっこうエライ人)も、そう言っていました。

一昔前であれば、「全く」の後に肯定の言葉を書こうもんなら、すぐに「全くの後には否定の言葉しかこないぞ!」(「全く〜ない」、という用法しかない)と、すぐさま批判が飛んできたもんでしょうけど、今では、「全く」の後に肯定の言葉が来たら、「とても」とか「非常に」よりも、さらに強めの強調を行うための修飾語という扱いになることが定着してきたようです。

同じように、テレビやラジオではわかりませんが、ネット上のコメントなどでは「◯◯み」を普通に見るようになってきました。

「強み」「弱み」「渋み」「哀れみ」「憎しみ」のような、本来「み」を付けられる形容詞だけでなく、「眠み」「分かりみ」のように、本来「み」を付けられない形容詞にも「み」を付けてしまう用法ですね。

「眠みがある」「分かりみが深い」というように使うそうです。

細かいニュアンスは分かりませんが、「眠みがある」と言った場合、(自分が)「眠い」「眠気がくる」よりも、自己責任外の眠さが襲ってくるような感覚があるとか、ないとか。

「分かりみが深い」についても同じく。
「分かりやすい」だと「主語は自分」(自分にとって分かりやすい)というニュアンスが含まれるそうなのですが、「分かりみが深い」だと、「誰にとっても(分かりやすい)」というニュアンスが含まれるんだとか。

よく分かりませんが、そうらしいです。

と、こういう言葉も、10年後には普通に、大人も使うようになっていそうですね。


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2019年04月20日

入社17年目って、17年ってどれくらいの長さだろう。

ふと、社会人になって17年目になっていることに気づきました。
17年って言うと…どれくらいの長さだろう。

小学校…6年間
中学校…3年間
高校…3年間
浪人…1年間
大学…4年間

これらを足すと、17年になります。
だから、小学校1年の時から数えて、ちょうど、大学4年生になったあたりまでの長さってことになるかな。

小学校から大学4年まで時間の長さの方が、遙かに長く感じた気がしますので、社会人になってからの17年間って、ホント、あっという間なわけです。このまま、次の17年間は、もっと早く過ぎ去るのかもしれない。


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