2016年11月23日

げんしけん二代目最終巻を電子書籍の予約で購入してみたり

この前の日曜日、友人達と飲む機会がありまして、「げんしけん」の話題になりました。

そういえば、げんしけんって、本誌の方ではもう終わっているらしいよ、と。

そんな馬鹿な!斑目ハーレムの終わり=げんしけん二代目の終わりだなんて!
と思っていたのですが、どうやら11月22日発売の「げんしけん 21巻」で終わりになるということがわかりました。

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斑目ハーレムがハッピーかバッドか分からないけどエンドを迎えそうな状況で、唐突に終わってしまった第20巻でしたので、第21巻が発売されるのを楽しみにしておりました。
本誌の方で終わったという情報を見たときに、評判が見えてしまったのですが、なんだかあまり良い評判では無さそうで。

どんなもんなんだろう?と思って、早く読んでみたくて。
初めて、iTunesの電子書籍で予約というものを試してみました。

どうやらこれ、発売日の0時0分になると、自動的に端末(iPhone/iPad)にダウンロードされてくるらしいですね。
これは紙の書籍には無いメリットですね。すばらしい。

まぁ、寝る時間を確保したかったので、翌朝の通勤時間に読もう、と思って、iPhoneをしまって、布団に入ったわけですけど、・・・・・・

まさか、あんなに長い揺れに叩き起こされるコトになるとは思いませんでした。
いやぁ、どうなっちゃうかと思った。22日早朝の地震。

無事に通勤電車に乗れまして、げんしけん21巻を読めました。

妥当なところじゃないでしょうかね。現実的(マンガだけど)なところで、着地できたんじゃないかと思います。
僕は、特に批判されるような内容ではなかったんじゃないかと思いますね。まぁ、「あの人とくっつけば良かったのに!」という考えのある人には、納得のいかない終わり方だったかも知れませんけどね。

何はともあれ、木尾士目先生、お疲れ様でした。
斑目ハーレムのエンドは、なんだか、描ききった感じのところがありますね。
でも、げんしけんはこのまま、三代目でも四代目でも続く余地があるような気がします。アニメ化第四期も可能でしょうし。

もっと読みたいなぁ。



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posted by ayacy at 00:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ

2016年06月29日

久々に「げんしけん」の続きを買ってみた。こういう展開になっちゃっていたか…。

「二代目」のアニメ放送が終わってから、しばらく疎遠になっていた「げんしけん」のコミックの続きを、久々に買ってみることにしました。

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電子書籍で。

かつての「げんしけん」の舞台と同じところで、「婦女子」とか「男の娘」とか、新しい世界が展開し、初代のキャラも登場しハーレムになって来て、面白い感じになっていたので買い続けていたのですが、アニメ放送が終わったあたりで気が抜けて、なんだか買わなくなってしまっていました。

ただ、知人が話題に出したことで再び興味が再燃し、購入。
ハーレム展開が、もっと盛り上がってきました。いやぁ、まさか「げんしけん」がこんなストーリーの舞台になってしまうとはなぁ。第20巻の中盤付近では、思わず息をのむ展開。電車の中で読んでいて、変な汗が出てきて、周りを見回して、なんかも、どうしようか。

マンガを読んでいてこんな気分を味わったのは、久々な気がしますね。
次巻も普通に買うことにしようかな、と。



posted by ayacy at 01:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ

2015年03月18日

大人になった今なら分かるかもしれないことシリーズ

子どもの頃にはわからなかったけど、大人になったらわかるようになる表現って、結構ありますよね。
マンガとかに登場する表現で、さりげなく深い知識が必要なものとか、多少ディープな下ネタが入っているモノとか。

で、ふと思い出したんですが、ドラゴンボールの10巻か11巻くらいだったか、「天津飯には、大小によらず、かめはめ波そのものが効かない」と、亀仙人が語るシーンがあったかと思います。

ただ、その後、孫悟空はグングン強くなり、界王拳が使えるようになって、超かめはめ波を放つようになって、超サイヤ人にもなれるようになって…とどんどん強くなっていき、かめはめ波の威力もすさまじく上がっていたかと思います。

となれば、「大小によらず、かめはめ波の効かない天津飯」向けに、物語後期に登場するすさまじい威力のかめはめ波を放ったらどうなってしまうのか?という疑問が浮かんでくるわけです。子ども心には。

大人になって、今思うこととしては、当時、亀仙人が言っていた「大小によらず、かめはめ波の効かない」というのは、もう少し違う意味が含まれていたのではないかな?ということですね。

見てすぐのかめはめ波を簡単に真似てしまえるほどの技術があるならば、かめはめ波の弱点も見えているはずで、簡単に避けられてしまうとか、簡単に弾かれてしまうことを危惧していたとか、ですね。
当時のクリリンや悟空の放つかめはめ波では、そういった「かめはめ波の弱点」が見え見えだったから、亀仙人は危惧せざるを得なかったんじゃないかということですね。

おそらく、その後の、界王拳が使えるようになって、超かめはめ波を放つようになって、超サイヤ人にもなれるようになって放つかめはめ波は、そういう弱点は克服されているか、気にならないほど小さい要素になってしまったんじゃないかと思いますね。
だから、物語終盤では、そうした亀仙人の懸念は、通じなくなっているんじゃないかなと思います。


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