2020年08月09日

「月」を数値で意識しない米国では、どうやってコンピュータで「月」を入力するんだろう

日本では、「1月、2月、…、12月」と、月を数字で入力します。一方、英語では「January, February, …, December」と、月を文字列で表します。
(一方で、中国語では、曜日すら数字で表すそうですが、まぁそれはさておき)

日常的にそうやって扱っているものをコンピュータに入力しようとしたとき、どうするのが一般的か、みたいなことを考えることがあります。

日本語であれば、年も、月も、日も、全部数字なので、テンキーからパパパッと入力するかと思います。
英語であれば………、現代のWebインタフェースであれば、プルダウンで「January, February, …, December」の選択肢を表示して、マウスorタップで選ばせる(キーボードでも選べる)といったところでしょうか。


で、ふと思ったのですが、バック・トゥ・ザ・フューチャーの映画の中で、デロリアンに年月日を入力するとき、どうやっていたんだろう?と思いました。

映画の冒頭で、ビデオ記録を取るという名目の元、ドクがマーティにタイムマシンの使い方を説明します。
これがあったおかげで偶然にも、マーティは、タイムマシンを操ることができたと考えると、よくできた脚本ですね。

ドクの解説によると、「まず、タイム回路のスイッチを入れる(First, you turn the time circuits on.)」と目標の時間(Destination Time = this one tells you where you're going)、現在の時間(Present Time = this one tells you where you are)、出発の時間(Last Time Departed = this one tells you where you were)の3つが表示されます。

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このうち、「目標の時間は自由にインプットできる(You input your destination time on this keypad.)」ということで、ここへ、年月日を入力する必要性が生じます。

たしか、デロリアンのコンソールにはテンキー(keypad)が付いていて、各キーにはピポパポと音程がついていて、役者が次々「数字」を次々入力していっているんだろうなということが分かります。
(映画の前半では、キーそれぞれに音程が付いているようですが、映画の後半では、キーを押すたびに音程が上がるような演出になります。統一されていない!)

が、月を入力するときはどうしているんだろう?役者の手元は、入力時はあまりフォーカスされていない気がする。
合衆国の独立宣言調印の日(Say you wanna see the signing of the Declaration of Independence.)のときに、「776」と入力しているようなのですが、月をどう入力しているかは分かりません。
(AM, PMも、どう入力しているのかはよく分かりません)
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キリスト誕生の日(witness the birth of Christ.)では、「250000」と打鍵しており、月を入力するときにどうしているのかはわかりません。
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ちなみに、年に0000と入れますが、年って1 basedな数値だった気がするんですけどね…。まぁ、紀元前1年を表すために0000を入力しなければならないというインターフェースなのかもしれません。

でも確か、ユニバーサル・スタジオで、デロリアンが登場するアトラクションでは、恐竜時代(紀元前6500万年よりも前?)に行っていたようなので、マイナスの値をどのように入力したのかは気になるところ。

もしかしたら、テンキーのそれぞれに「January, February, …, December」が割り当てられている(電話みたいに「#」とか「*」キーがあるのかな?)とも思ったのですが、どうもそうでもなさそう。

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うーん、どうやっているんだろう。

「数字2桁を、月の英語名に自動変換する仕組みがあるのでは?」という意見も見かけたのですが、「January=1, February=2, …, December=12」という置き換えが自然に思い浮かぶのって、我々が月を数字で呼ぶ民族だからなのかもしれません。一部のプログラミング言語では、「January=0, February=1, …, December=11」だったりしますしね。
(もしかして、9月から新年度が始まるから、September=1だと思っている人もいたりして?)

我々が曜日を数字に置き換えようとしたときのことを考えると、月曜日=1とするか、日曜日=1とするかで意見が分かれそうですし(もしかしたら0から始めたいと思う人もいるかもしれませんし)。

このあたり、英語を使う文化の人々がどういう考えなのかは知りたいですね。


あと、シリーズによって、テンキーが、運転席の下についていたり、上についていたりする気もする。どっちなんだろう。


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2020年08月08日

Zoomマナーの一端……あれは上座の者こそ身に着ける「マナー」

先日、自分が上座扱いなZoom会議に参加したのですが、会議が終わった後、自分が退出するまで、みなさんカメラの前で頭を下げ続けている光景を目にしました。
自分は気にしないにも関わらず。

なるほど「上座のやつはとっとと先にいなくなれ」というマナーが、ここには存在しているんだな、と、なんとなく理解しました。

よく最近、新手のマナー講師が、新マナーをどんどん作り、「下々のモノは、上座の御方が抜けるまで退出するな」みたいな感じになっていますけど、実際には逆で、「上座の者は会議が終わり次第速やかに退出しろ!」という、上座の者が身に着けるべきマナーであると捉えるべきだったのでしょう。

これまではずっと、自分が「下々の者」として参加する会議しかなかったし、カメラはOFFにしている機会が多かったから気づかなかったのですが、そういうことなんじゃないかと思いました。


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2020年08月07日

使うのを恐れるべき表現はシロクロだけじゃなかったか。色だけじゃなかったか。もっとか。

2か月ほど前に「シロ?」「グレー?」「クロ?」という表現についての記事を掲載したのですが、あれから2か月経過し、どうやら使うのを恐れるべき表現は、シロクロだけでないし、ましてや色だけでないっぽいなというのを感じました。

あの後、ロクに主従関係があるわけでもないのにmaster/slaveを使うIT業界の慣習も改められそうという話も目にして、どうやら着実に、影響範囲は増大しているなという感じです。

私の場合、ヘルプファイルやサポート文書を公開する立場として、過去に公開したものまでさかのぼって修正するかはさておき、これから作成するものは、「なるべく叩かれないであろう」「今後叩かれないであろう」無難な表現しか使っていかないようになるかな、といった感じです。

私自身、差別をしようと思って、シロクロという言葉を使っているつもりはないですし、おそらく日本人の場合ブラック企業やブラック校則を、黒人差別を意識しながら使っている人は少ないはず。自分の感覚としてもそんな感じです。

一方で、先述の記事で書いたリンク先のラジオを聞けば、黒人の人たちが日本国内で受けてきた経験もまた事実であって、言葉を耳にしたり文章を目にしたりするたびに、心にグサッと来るような経験を今後させてしまうようなことも、あってはならないと思っています。

ここで怖いのは、ヘルプファイルやサポート文章は、この先々も、もしかしたら未来永劫残ってしまうかもしれない一方、こういった「差別語」認定範囲は、この先々を考えたときの波及範囲がわからないということ。

色について考えれば、シロクロだけではありません。危ないことについて「黄信号」「イエローカード」(黄色人種差別につながる)、アウトなことに関して「赤信号」「レッドカード」(ネイティブアメリカン差別につながる)というのがどうかと言われれば、もしかしたら1年後には状況が変わっているかもしれません。黒という色に対して差別的であるという説明として「色に善悪をまとわせるべきではない」を純粋に考えれば、そういうことです。もちろん、高貴であることを示すピアノブラックや、ブラックカードについても同様であることは言うまでもありません。

ことの影響範囲が色だけでなく、master/slaveのような言葉にも波及していることを考えると、例えば日本国内で、国外のことを指すために用いている「海外」という言葉だって、どうなるか分かりません。海の向こう側でも日本国内であるパターンは多いわけで、「海外」という言葉が、離島に住む人々を不当に差別していると言われるかもしれません。

一部では、ここにきて「バナナやスポーツカーは性的対象とみなされる」などという文化まで新しく登場してきているので、これが何に広がってくるのか、未来を予測しての表現や画像の準備はどんどん難しくなります。

昨今は差別語だとされる言葉に対して、文脈や歴史などは考えずに批判するor使わないようにする姿勢が正しいとされがちなので、チー牛が差別語だと扱われ続けると、将来的に、チーズ牛丼を販売していたすき家に矛先が向いたりしないかみたいな心配があったり。

そんなバカな!と思う方もいるかもしれませんが、ちょっと前までは「スパム」って、本来の食べ物としてのスパム(SPAM)以上に、ネット上の迷惑を意味する「スパム(spam)」(スパムメール等)としての利用ばっかりを見るようになってしまい、本来の食べ物としてのスパム(SPAM)の販売元が苦言を呈したりするほど深刻になったりとかしてましたからね。

というわけで「ブラック校則」が「理不尽校則」と言い換えられるのと同様に、「海外」も、より適切な「国外」という言葉へ言い換えられるのも、そう遠くないことかもしれません。色に善悪をまとわせないと同様に、本来の意味以外をまとわせない、余分な比喩をしない、ということで、より伝わりやすくする効果も期待できます。

もちろん、本来の「色」を表すために色の名前を使ったり、時代劇などで主従関係が本当にある役柄でmaster/slaveが用いられるのは、正しいことだと思います。

こういうのって、ヘルプファイルやサポート文書を公開する立場としては、「過剰に言葉狩りをする」というよりは、「過剰反応をする人に"配慮"して」プロアクティブに防御する、言い換えれば、率先して「委縮する」ということなんですよね。なかなか難しいことです。
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